「うちは総務が二人しかいないんですが、社員から一日中、同じような質問が来るんです。『有給あと何日残ってる?』『この経費どうやって精算するの?』『新しいパソコンのメール設定して』。一つひとつは数分でも、積み重なると本来やるべき仕事がまったく進まなくて」——先日、社員五十名ほどの会社の管理部門の方から、こんな相談を受けました。
情シスや総務、人事といったバックオフィスの担当者は、社員からの問い合わせ対応に驚くほど時間を奪われています。しかもその多くは、答えが決まっている定型的な質問です。こうした頻度が高く、回答が定型化された問い合わせこそ、AIがいちばん得意とする領域です。本記事では、社内問い合わせのAI自動化を、どの質問から始め、どう設計すれば実務で使えるのかを、受託で伴走する立場から整理します。なお、ここで扱うのは社内向けのヘルプデスクで、サイト訪問者向けの接客チャットボットとは目的が異なります(後者はWebサイトのチャットボットの記事を参照)。
「同じ質問が毎日来る」の正体
まず、なぜ同じ質問が繰り返されるのかを押さえます。理由は単純で、答えは社内のどこかに書いてあるのに、社員がそれを見つけられないからです。就業規則、経費規程、IT手順書——マニュアルは存在するのに、Googleドライブの奥深くにあったり、どのフォルダか分からなかったりして、探すより聞いたほうが早い。だから担当者に飛んできます。
実際、社内問い合わせの三〜四割は「有給休暇の残日数」「経費精算の方法」「PCが起動しない/ログインできない」といった、発生頻度が高く回答が定型化された質問だと言われます。裏を返せば、この三〜四割を自動で捌けるようにするだけで、担当者の負担は大きく軽くなるということです。前提として、社内マニュアル自体が散らかっていると効果が出にくいので、情報の整理とセットで考えるのが近道です(ドライブの情報設計の記事の考え方が下地になります)。
シナリオ型ではなくRAG型が主流になった理由
社内チャットボットには、大きく二つの方式があります。あらかじめ質問と回答の分岐を作り込むシナリオ型と、社内文書を読み込んで自然な言葉で答えるRAG型(Retrieval-Augmented Generation)です。
シナリオ型は、想定した質問には答えられますが、少し言い回しが違うだけで「分かりません」になりがちで、分岐のメンテナンスも重労働でした。これに対してRAG型は、Googleドライブや社内wikiに散在するマニュアルを横断的に検索し、その内容を根拠にして自然な日本語で答えます。質問の言い回しが多少ぶれても意図をくみ取れるため、利用率も満足度もシナリオ型より高くなる傾向があります。2026年時点で社内問い合わせのAI化がRAG型中心になったのは、この使い勝手の差が大きな理由です。
| シナリオ型 | RAG型 | |
|---|---|---|
| 回答の元 | 作り込んだ分岐 | 社内マニュアルを検索 |
| 言い回しのぶれ | 弱い | くみ取れる |
| 更新の手間 | 分岐を都度メンテ | 元文書を直せば反映 |
受託で作るときの、外せない設計の勘所
RAG型なら何でも解決するわけではありません。実務で使えるものにするには、いくつか外せない設計があります。
第一に、回答に必ず根拠のリンクを併記すること。「就業規則の第○条より」と出典を示すことで、社員は答えを鵜呑みにせず自分で確認でき、AIが誤った場合も気づけます。第二に、正確性が絶対に必要な領域には注記と逃げ道を用意すること。労務・税務・法令に関わる質問は、AIの回答に「最終確認は担当者へ」と添え、そのまま担当者に問い合わせを起票できるボタンを併設します。AIで完結させるのではなく、AIで絞り込んでから人につなぐ設計です。第三に、答えられなかった質問を記録すること。回答できなかった質問こそ、マニュアルの穴を教えてくれる貴重なデータで、これを埋めていくと精度が育ちます。
こうした「AIに何をどこまで任せ、どこから人に戻すか」の線引きは、社内のAI利用ルールとも地続きです。全社的な利用方針は中小企業のAI利用ルールの記事で整理しています。
事例: 総務二人体制の会社が、問い合わせの半分をAIに預けた
具体例を挙げます。冒頭の相談をくれた社員五十名ほどの会社(社名は伏せます)では、総務二人に問い合わせが集中し、本来の業務が滞っていました。そこで、まず一か月分の問い合わせを洗い出し、「有給・経費・PC/メール設定」の三カテゴリが件数の半分以上を占めることを確かめました。
いきなり全部をAIにせず、この三カテゴリだけを対象に、既存の就業規則・経費規程・IT手順書を読み込ませたRAG型のチャットを用意しました。回答には必ず出典のリンクを付け、労務に関わる微妙な質問は担当者への起票へ誘導する設計にしました。運用しながら、答えられなかった質問を毎週見直し、不足していた手順書を追記していきました。数か月で、定型的な問い合わせの多くがチャットで解決するようになり、総務が本来の業務に戻れる時間が目に見えて増えました。効いたのは高機能なツールではなく、「一番多い三カテゴリに絞り、出典を必ず添え、答えられない質問でマニュアルを育てたこと」でした。
いきなり全部AIにせず、「効く質問」から始める
社内問い合わせのAI化で失敗するのは、たいてい「あらゆる質問に答えさせようとする」ときです。網羅を狙うほど精度は下がり、間違いが増え、社員に見放されます。正しい入り口は逆で、件数が多くて答えが定型化している質問を数カテゴリに絞ること。そこで確実に役立つ体験を作れれば、社員は使い続け、対象を広げていけます。
自社の問い合わせ対応に担当者が忙殺されている、マニュアルはあるのに誰も見つけられない、AIで何をどこまで自動化できるか相談したい——そうしたお悩みがあれば、グリームハブの開発・AI・自動化のご相談からお気軽にお問い合わせください。問い合わせの棚卸しから、効く質問の絞り込み、出典併記・人への引き継ぎまで含めた実務で使えるRAG型の設計・構築まで、小さく始めて育てる進め方をご一緒します。