コーポレートサイトのリニューアルで、初稿のデザインが上がってきた。役員に見せたところ、しばらく黙ってから「うーん、なんとなく違うんだよね」と言われた——Web制作でいちばん高くつく事故は、たいていこの一言から始まります。
ここから起きることは、どの会社でもだいたい同じです。何が違うのかを言語化できないまま、色を変え、写真を差し替え、余白を調整した案が何度も往復する。3週間が過ぎ、当初の予算とスケジュールが崩れ、最終的には「最初の案でよかったのでは」に戻る。制作側の腕の問題ではありません。判断の基準がないまま、判断を求めていることが原因です。
「モダンで信頼感のある感じで」の中身
ブランドやサイトの方向性を伝えるとき、ほぼ必ず出てくる言葉があります。モダン、信頼感、高級感、親しみやすい、先進的。
Smashing Magazineに掲載された記事が、ここを的確に指摘していました。ブランド構築のプロジェクトは、多くの場合ロゴやビジュアルの段階よりずっと手前——「モダン」「信頼できる」「プレミアム」「親しみやすい」といった言葉が定義されないまま置かれた戦略フェーズで、すでに失敗している、と(From Kickoff To First Concept: How To Turn Brand Strategy Into Visual Direction — Smashing Magazine)。
なぜこの言葉が危ないのか。同じ単語を、関係者全員が違う絵で思い浮かべているからです。
「信頼感のあるサイト」と聞いて、ある役員は落ち着いた紺色と整った罫線を思い浮かべます。別の役員は、代表の顔写真と実績数字がしっかり載っている状態を思い浮かべます。営業部門は、問い合わせフォームの手前に導入企業のロゴが並んでいることを思い浮かべます。3人とも「信頼感が大事だ」と合意しており、3人とも別のものを求めています。
この状態で初稿を出せば、どの案を出しても誰かが「違う」と言います。外れているのではなく、当てにいく的が3つあっただけです。
初稿の前に埋めるべき工程がある
同記事は、キックオフの後・最初のビジュアル方向性の前にある「プレコンセプト」の工程を扱っています。ここで何をするか。ブランドの文脈を調べ、関係者の中にある言語化されていない前提を引き出し、共有された方向性をビジュアルの土台に変える。強いビジュアルコンセプトはFigmaの中から生まれるのではなく、正しい問いから生まれる、という整理です。
発注する側の実務に落とすと、初稿の前に押さえるべきものは3つです。
1. 抽象語を、比較の形に置き換える
「モダン」のままでは動けません。「A社とB社なら、どちらに近いか」「いまのサイトの何を残し、何を捨てたいか」の形にすると、途端に判断できるようになります。人は絶対値では答えられませんが、比較には答えられます。
競合や参考サイトを5つ挙げ、それぞれについて「近い/遠い」と、その理由を一言ずつ。これだけで抽象語が輪郭を持ちます。
2. 決める人を、先に1人決める
初稿の場に決定権者が同席していない、あるいは決定権者が複数いる。この状態が修正の往復を生みます。「最終的に誰の判断で決まるのか」をキックオフの時点で明示する。 合議で決める場合でも、意見を集約して結論を出す人は1人に絞ります。
これは制作側のためではなく、社内のためです。決める人が曖昧なまま進めた案件は、公開直前に「聞いていない」という人が現れます。
3. 判断しない領域を決めておく
すべてを判断しようとすると、判断の質が落ちます。「ここは任せる」と明示した領域があるほうが、初稿は速く着地します。 見出しのフォントサイズや余白の取り方まで発注側が指定し始めると、制作側は判断を止めて指示待ちになり、結果として全体の質が下がります。
握るべきは、ブランドとして外せない要素(コーポレートカラー、ロゴの扱い、写真のトーン、言葉づかい)と、事業上外せない要素(誰に何をしてほしいサイトか)です。それ以外は預ける。

「好き嫌い」を消そうとしない
よくある反論として、「デザインは主観だから、結局は好みで決まるのでは」というものがあります。半分は正しい。ただ、順序が逆です。
好き嫌いを消すのではなく、好き嫌いを言ってよい範囲を先に決める。これが実務的な落としどころです。
事業目的に照らして外せない要件(ターゲットが50代以上なので文字を小さくできない、BtoBなので写真より数字を前に出す、といったもの)を先に確定させる。そのうえで、残った選択肢の中では好みで決めてよい、とする。この線引きがあると、「好きじゃない」という感想が、要件違反なのか単なる好みなのかを切り分けられます。要件違反なら直す。好みなら、決める人が決めて先に進む。
この切り分けができていない案件では、好みの意見が要件と同じ重さで扱われ、修正が終わらなくなります。
なお、この工程は「デザインの前段階の会議を増やす」という話ではありません。時間としては、関係者が集まって2時間の場を1回持てば足ります。そこで2時間使わなかった分は、後で3週間になって返ってきます。
制作会社の選び方にも表れる
ここまでの内容は、発注先を選ぶときの観点にもなります。
初稿の前に、この整理をやろうとするか。見積の段階で「デザインの前にヒアリングと方向性のすり合わせを行う」という工程が入っているか、あるいは「まずデザイン案を3案出します」でいきなり始まるか。
後者が悪いわけではありません。既にブランドが確立していて、社内の合意も取れている案件なら、そのほうが速い。ただ、冒頭の「なんとなく違う」が起きそうな状況——関係者が多い、決定権者が忙しくて途中の場に出られない、社内で意見が割れている——では、前段の工程を持っている相手のほうが結果的に安く済みます。
制作を外に出すか社内でやるかという手前の判断はノーコードでのDIYと制作会社への発注で、リニューアル全体の進め方はコーポレートサイトのリニューアルガイドで整理しています。制作会社の比較軸そのものを整理したい場合はノーコードWebサイトビルダー比較もあわせて。
キックオフの前に、社内で30分
外部の制作会社に声をかける前に、社内だけで30分の場を持ってください。やることは1つです。
参考にしたいサイトを5つ、参考にしたくないサイトを2つ挙げて、それぞれ理由を一言ずつ書く。 挙げる人は3人以上。ここで意見が割れたら、それは制作が始まってから割れるはずだったものが、前倒しで見えただけです。安いタイミングで割れています。
割れたまま発注しても構いません。ただしその場合、「社内で意見が分かれている」ことを最初に伝えてください。伝えてあれば、その前提で進め方を組めます。伝えないまま初稿を迎えると、冒頭の3週間が始まります。
サイトリニューアルの進め方を、社内の合意形成の段取りから含めて相談したい——そうしたご相談は、グリームハブのHP制作・リニューアル相談で承っています。要件によって最適な構成は変わるため、個別にお見積りします。お問い合わせからご相談ください。