「請求書の催促メール、毎朝あの長い依頼文をチャット欄に貼り直してから書いてもらっているんです」「議事録の整形を Gemini に頼んでいた担当が異動して、後任は同じ品質を出せなくなりました」——業務改善の相談を受けると、生成 AI まわりではこの種の症状がよく出てきます。Gemini を使ってはいる。けれど、使い方が一人ひとりの頭の中にあって、毎回手作業で指示を組み立て直し、人が代われば引き継がれない。せっかく時短のために導入した道具が、結局「うまく使える人」と「使えない人」の差を広げているだけ、という状態です。
ここで効いてくるのが、Gemini の Gems(ジェム) です。Gems は、役割・知識・ルールをあらかじめ保存しておける「自分専用の専門エキスパート」を作る機能です。一度きちんと指示を仕込んでおけば、その Gem を呼び出すたびに同じ役割と振る舞いが自動で適用される。毎朝の貼り直しは消え、議事録整形のコツは Gem の中に固定される。さらに 2026 年には、作った Gems を Google Workspace Studio のフローの中から呼び出せるようになり、定型業務を人が起動しなくても流れる形にまで踏み込めるようになりました。本記事では、Gems で業務を仕組み化するときの運用設計と、受託でそれを内製化まで支える進め方を整理します。
なぜ「個人のプロンプト」のままだと業務にならないのか
Gemini そのものは優秀で、その場の指示が的確なら良い答えを返します。問題は、その「的確な指示」が毎回作業者の手と記憶に依存していることです。
同じ業務でも、人によって渡す前提が違う。Aさんは社内用語の説明を毎回付ける、Bさんは付けない。Aさんは「ですます調で、箇条書きは使わない」と必ず添える、Bさんは忘れる。結果、同じ「議事録を整形する」という業務でも、出てくる文章のトーンも構造もばらつきます。さらに、その指示文はチャット欄に打ち込まれて消えていくだけなので、ナレッジとしてどこにも残らない。担当が代われば、また一からコツを探り直すことになります。
Gems は、この「個人の頭の中にしかない指示」を、再利用できる資産に変える機能です。Gem に名前を付け、従ってほしい指示(役割・口調・禁止事項・出力フォーマット)を書き、必要なら参照ファイルを与えておく。すると、その Gem を開いて会話を始めるたびに、設定した役割と動作が自動で適用されます。プロンプトを毎回打ち直す必要がなくなり、「誰が使っても同じ品質」が担保される。生成 AI を業務の道具にする第一歩は、優れたプロンプトを書くことよりも、良い指示を Gem に固定して全社で共有することにあります。プロンプト設計そのものの基礎は Gemini 業務プロンプトの記事 で扱っていますが、その成果を個人技で終わらせないための器が Gems だと考えると分かりやすいはずです。
Gems に何を仕込むか:指示・知識・禁止事項
Gem を作るときに設定できる要素は、大きく三つに分かれます。期待値を揃えるために、それぞれ何を入れるべきかを整理しておきます。
一つ目は、役割と振る舞いの指示です。「あなたは当社の総務担当として、社内向けのお知らせ文を作成します」のように立場を与え、口調(ですます調)、長さの目安、使ってよい・使ってはいけない表現を書きます。ここを具体的に書くほど、出力のばらつきが減ります。
二つ目は、知識ファイルです。Gems の「ナレッジ」には、テキストだけでなく Word・Excel・TSV といったオフラインのファイルもアップロードして参照させられます。一つの Gem につき最大 10 ファイル程度、1 ファイルあたり 100MB 前後が上限の目安で、テキストは UTF-8 が前提です。社内用語集、過去のお知らせ文の例、見積もりのルールをまとめた表などを与えておくと、Gem はそれを前提知識として答えるようになります。「毎回説明していた前提」を、ここに移すイメージです。
三つ目は、禁止事項と確認ルールです。「金額は必ず元の表から転記し、推測で埋めない」「個人名は伏せる」といったガードレールを指示に書いておくと、業務で配ったときの事故が減ります。
| 設定要素 | 仕込む内容の例 | 効果 |
|---|---|---|
| 役割・振る舞い | 立場、口調、長さ、出力フォーマット | 誰が使っても出力が揃う |
| 知識ファイル | 用語集、文例、ルール表(Word/Excel/TSV) | 前提説明の打ち直しが消える |
| 禁止事項 | 推測の禁止、伏字ルール、確認手順 | 配布時の事故を抑える |
なお Gems は、もともとそのユーザーがアクセス権を持つデータしか参照しません。共有のときも Gem は Google ドライブ上のファイルとして扱われ、権限設計がそのまま効きます。つまり「権限のない人に見えてはいけない情報」を Gem 経由で漏らす心配は、ドライブの共有設定を正しく組んでいれば抑えられる、ということです。
Gems を Workspace Studio のフローに組み込む
ここまでは「人が Gem を開いて使う」段階の話です。2026 年のアップデートで一段進んだのが、作った Gems を Workspace Studio のフローの中から呼び出せるようになったことです。Google は 2026 年 4 月、フローに「Ask a Gem(Gem に尋ねる)」のステップを追加しました。
これが効くのは、業務が「きっかけ → 判断 → 出力」の連鎖でできているからです。たとえば「特定の差出人からメールが届いたら」をきっかけに、その本文を Gem に渡して要約と一次返信案を作らせ、担当者に通知する、という流れを、人が毎回チャットを開かなくても自動で走らせられる。Gem が持つ役割や知識をフローの中で部品として使える、という発想の転換です。Workspace Studio 自体の組み立て方やガバナンスは Workspace Studio の記事 で詳しく扱っていますが、そこで作る自動化の「考える部分」を、Gems が担えるようになったと捉えると位置づけが見えてきます。
合わせて、Gemini は周辺ツールでも定型作業の取りこぼしを拾い始めています。2026 年 6 月には、Gemini in Sheets に数式エラーをワンクリックで診断・修正する機能が入りました。エラーの原因を周辺のデータ構造から説明したうえで、修正済みの数式まで提示してくれる。日々のスプレッドシート業務でつまずきやすい関数地獄を、その場で解消できるようになっています。スプレッドシート側の AI 活用は Gemini in Sheets の記事 でまとめており、Gems で固めた業務ルールと、シート上の自動化が両輪になっていきます。
弊社の事例:問い合わせ一次対応を Gem に固定したら、属人化が解けた
具体例を挙げます。BtoB のソフトウェアを扱う従業員 30 名ほどの販売会社(社名は伏せます)から、「製品の問い合わせメールへの一次返信が、ベテラン一人に集中している。その人が休むと返信が止まり、若手が書くと内容も口調もバラバラになる」という相談を受けました。返信のたびに、製品仕様の確認、過去の類似回答の検索、丁寧な文面づくりを、頭の中だけでこなしている状態だったそうです。
私たちはまず、いきなり自動化に飛びつかず、業務のヒアリングから始めました。ベテランがどんな前提知識を使い、どんな順序で考え、どんな口調で書いているかを聞き出し、製品 FAQ と過去の良い返信例を Excel と Word にまとめ直しました。それを知識ファイルとして与え、「当社のサポート担当として、確認すべき仕様を FAQ から引き、不確かなら推測せず確認を促す」という指示を仕込んだ Gem を作りました。最初は若手がこの Gem を開いて返信案を作り、ベテランが軽く目を通すだけで送れる運用に変えたところ、返信の品質が人によらず揃い、ベテラン一人への集中が解けました。
その後、Workspace Studio のフローで「特定アドレス宛のメール受信」をきっかけに Gem へ本文を渡し、返信案の下書きを担当チャンネルに通知するところまで組みました。ただ、この案件でいちばん効いたのは自動化そのものではありません。Gem の指示と知識ファイルを、自社で書き換えられる形で引き渡したことです。新製品が出れば FAQ ファイルを差し替え、口調を調整したければ指示文を直す——その更新を担当者が自分でこなせるようにしたところ、「ベテランの暗黙知」が、誰でも手入れできる社内資産に変わりました。受託として作って終わりにせず、自社で育てられる土台にしたことが、結果としていちばん喜ばれた点です。
仕組み化する前に確かめたいこと
Gems で業務を仕組み化するなら、着手の前に二つだけ確かめておくと判断を誤りません。
一つは、その業務が「毎回ほぼ同じ前提と手順で繰り返されている」かどうか。問い合わせ一次対応、定型お知らせ文、議事録整形のように、人が同じことを繰り返している業務ほど Gem に固定する価値が高い。逆に、毎回前提が大きく変わる非定型の判断業務は、無理に固定すると窮屈になります。もう一つは、作った Gem を誰が更新し続けるかを最初に決めておくこと。製品も社内ルールも変わり続けるので、知識ファイルと指示を手入れする担当を置かないと、半年で実態とズレた Gem が放置されます。仕組み化の肝は、作ることより育て続けられる体制にあります。
毎回同じ依頼文を Gemini に貼り直していて何とかしたい、担当が代わっても同じ品質を出せるよう業務ナレッジを Gem に固定したい、Workspace Studio のフローまで含めて自動化したうえで自社で更新できる形に引き継ぎたい——そうしたお悩みがあれば、グリームハブのお問い合わせからご相談ください。いまの繰り返し業務の流れを拝見し、どの業務を Gem に固定すると効くか、どこはフロー化し、どこは人の判断に残すかを率直にお見立てしたうえで、全社で再利用でき、自社で育てられる形へご一緒に組み上げます。
Sources
- Use your Gems in your Google Workspace Studio flows - Google Workspace Updates
- Gemini Gem - Gemini のカスタム AI エキスパートを作成 - Google
- Geminiアプリのカスタマイズ機能「Gems」を徹底解説 - G-gen Tech Blog
- Google スプレッドシートの Gemini、数式エラーをワンクリックで診断・修正できる新機能を追加 - HelenTech
- Troubleshoot formula errors quickly with Gemini in Google Sheets - Google Workspace Updates